春秋時代 晋平公と音楽

資治通鑑外紀』が『史記・楽書(巻二十四)』から晋平公と音楽に関する話を紹介しています。
本編では省略したので、ここで紹介します。
 

ある時、衛霊公が晋に行きました。途中、濮水の辺の上舍(高級な館舎)で宿泊します。
夜半、鼓琴の音が聞こえてきました。しかし、霊公が左右の者に「聞こえるか?」と聞いても皆「聞こえません」と答えます。そこで霊公は師涓(楽師。涓が名)を招き、こう言いました「わしは鼓琴の音を聞いたが、左右の者は聞こえなかったと言う。まるで鬼神の行いのようだ。わしが汝に聞かせるから、その曲を記録せよ。」
師涓は「分かりました(諾)」と言うと、琴を準備して霊公の傍に正座し、霊公の声を聞きながら曲を記録しました。
翌日、霊公が曲をまとめたか確認すると、師涓が言いました「全てまとめましたが、まだ習得していません。もう一泊して練習させてください。」
霊公は同意しました。
更に翌日、師涓が「習得しました」と言いました。
霊公一行は出発し、晋に入って晋平公に謁見します。
 
晋平公は施恵の台(虒祁の宮)で宴を開いて霊公をもてなしました。酒が回ると霊公が言いました「今回、来る途中で新声(新しい音楽)を聞きました。演奏をお聞きかせください。」
平公が許可したので、霊公は師涓を師曠(晋の楽師。曠が名。字は子野)の傍に座らせて、琴を弾かせました。
しかし、弾き終わる前に師曠が手で師涓を制して言いました「これは亡国の声(音楽)です。最後まで演奏させてはなりません。」
平公が問いました「何が根拠だ?」
師曠が言いました「これは師延が作った曲です。彼は紂商王朝最後の王)のために靡靡の楽(頽廃した音楽)を作りました。武王が紂を討伐した時、師延は東に逃走して濮水に身を投げたので、この声(音楽)は濮水の辺で聞こえるのです。これを聞いた者は国が削られます。」
ところが平公はこう言いました「寡人が好きな音である。最後まで聞かせよ。」
師涓は最後まで演奏しました。
 
『国語・晋語八』にはこの後の師曠の言葉が紹介されています。
新声を気に入った平公を見て、師曠が言いました「公室は衰えるだろう。国君に衰退の兆が見えている。楽(音楽)とは山川(国)の風(教化)を各地に通じさせ、徳を広遠な地に拡めさせるためにある。楽は徳を拡め、山川を遠くし(国の教えを遠くに拡げ)、万物を感化させる。詩を作って歌い、礼を定めて節を守るから、徳が広遠に行きわたり、時(農業等の労動をするべき時期・秩序)と節(行動の規範・礼節)が生まれ、遠方の者が帰服して近い者も離れないのである(このように大切な音楽を疎かにしたのだから、公室は衰えるはずだ)
 
史記・楽書』に戻ります。
師涓の演奏を聞き終わった平公が言いました「これほど心を動かす音(音楽)があるか?」
師曠が言いました「あります。」
平公が「それを聞くことができるか?」と問うと、師曠はこう言いました「主君の徳義は薄いので、聞くことができません。」
平公が言いました「寡人(国君の自称)が愛する娯楽は音(音楽)しかない。ぜひ聞かせてほしい。」
師曠はやむなく琴をとって演奏を始めました。
一度演奏すると十数羽の玄鶴が廊門に集まり、再び演奏すると玄鶴が首を伸ばして鳴き、翼を伸ばして舞いました。
平公は大喜びし、立ち上がって師曠に祝いの酒を勧めました。
席に戻った平公が言いました「これ以上に心を動かす音はないか?」
師曠が答えました「あります。昔、黄帝が鬼神を集めた音です。しかし主君は徳義が薄いので、聞くことができません。聞いたら敗亡します。」
平公が言いました「寡人は老いた。愛する娯楽は音だけである。ぜひ聞いてみたい。」
師曠はやむなく琴をとって演奏しました。
一度演奏すると白雲が西北に現れ、再び演奏すると大風が吹いて雨が降ります。廊屋(主室の左右の部屋)の瓦が吹き飛ばされ、左右に仕える近臣が逃げ出しました。平公も驚き恐れて廊屋に伏せました。
この後、晋国を大旱が襲い、三年間、草木が生えない赤地になったといいます。
 
史記孔子世家』に当時の晋を始めとする各国の状況が書かれています。
当時の晋平公は淫乱で、六卿(韓氏・趙氏・魏氏・中行氏・范氏・知氏)が政権を専断し、頻繁に諸侯を討伐していました。楚霊王の兵も強盛で、しばしば中国(中原)を侵します。斉も大国の地位を維持し、魯に接していました。弱小な魯は楚に附けば晋の怒りを買い、晋に附けば楚の討伐を招き、斉に対して備えを怠れば斉の攻撃を受けました(他の中小国も魯と同じような状況だったはずです)
 
孔子世家』が書いているように、晋平公の時代は六卿がますます権力を拡大し、晋公室は衰え、覇業を保つことが困難になりました。春秋時代は覇者の時代ですが、長い間覇者として中原に君臨した晋が覇権を失いつつあるという状況は、既に覇者を必要とする時代が終わりを迎えようとしていることを示しています。次の時代(戦国時代。覇者の出現を必要とせず、各国の君主が王を名乗る時代)の幕開けが目前に迫っています。