2016-09-20から1日間の記事一覧

第百七回 荊軻が秦庭を騒がし、王翦が李信に代わる(後篇)

*今回は『東周列国志』第百七回後編です。 当時の魏では景湣王が既に死に、太子・假が即位して三年が経っていました。 秦が燕を攻めた時から、魏王・假は大梁の城を増築しており、内外に深い溝(濠)を巡らせて守備を固めていました。また、斉と結ぶために…

第百七回 荊軻が秦庭を騒がし、王翦が李信に代わる(中篇)

*今回は『東周列国志』第百七回中編です。 秦の法では、殿上で王に仕える群臣は尺寸の兵器も持ってはならず、郎中や宿衛の官は兵戈を持っていましたが、全て殿下に並んでおり、宣召(王の招き)がなければ勝手に入殿するわけにはいきませんでした。 今回、…

第百七回 荊軻が秦庭を騒がし、王翦が李信に代わる(前篇)

第百七回 地図を献じて荊軻が秦庭を騒がし、兵法を論じて王翦が李信に代わる (献地図荊軻鬧秦庭 論兵法王翦代李信) *今回は『東周列国志』第百七回前編です。 荊軻は日頃から人と剣術について論じていましたが、立派だと認められる人物はなかなかいません…