第六十二回 諸侯が斉国を囲み、晋臣が欒盈を逐う(後篇)

*今回は『東周列国志』第六十二回後編です。
 
この年夏五月、斉霊公が病にかかりました。
大夫崔杼が慶封と商議し、温車を使って元太子光を即墨から迎え入れます。
夜、慶封が家甲を率いて太傅高厚の門を叩き、高厚が迎えに出たところを捕えて殺しました。
太子光は崔杼と共に入宮して戎子と公子牙を殺します。
霊公は異変を聞いて驚き、数升の血を吐いて息絶えました。
こうして公子光が即位します。これを荘公といいます。
 
寺人夙沙衛が家属を連れて高唐に奔りました。
斉荘公が慶封に兵を率いて追撃させると、夙沙衛は高唐を拠点にして反旗を翻します。
斉荘公が自ら大軍を率いて包囲攻撃しましたが、一月余経っても攻略できませんでした。
 
高唐の人工僂が勇力で知られていたため、夙沙衛は東門を守らせていました。
しかし工僂は夙沙衛が最後は失敗すると判断し、城壁の上から羽書(軍事に使う緊急の文書)を射ます。
書には夜半に東北角で大軍の登城を待つと書かれていました。
荘公は疑いましたが、殖綽と郭最が言いました「相手が既に約束したのです。必ず内応するはずです。小将二人は奄狗(宦官)を生け捕りにして石門山の阻隘の恨を雪ぐことを願います。」
荘公が言いました「汝等は用心して前に進め。寡人が自ら後に続く。」
 
殖綽と郭最は軍を率いて東北角に至り、夜半になるのを待ちました。
突然、城の上から数か所に長い縄が垂らされます。殖綽と郭最はそれぞれ縄を縛り付けて城壁を登りました。軍士も続々と登っていきます。
工僂は殖綽を連れて城内に入り、夙沙衛を捕えました。
郭最は城門を切り開いて斉兵を城に入れます。
城内が大混乱に陥り、互いに殺し合いを始めました。約一更次(二時間)が過ぎた頃、やっと沈静化します。
 
斉荘公が城に入ると、工僂と殖綽が夙沙衛を縛って連れてきました。
荘公が怒鳴って言いました「奄狗!寡人が汝に何をしたから、汝は少(年少者)を助けて長(年長者)を廃したのだ!公子牙は今どこにいる!汝は少傅になったのに、なぜ地下で補佐しない!」
夙沙衛は頭を垂れるだけで何も言いません。
荘公は引き連れて斬るように命じてから、工僂に高唐を守らせて兵を還しました。
 
この頃、晋の上卿・范は、前回の斉討伐で講和を結ぶことができなかったため、再び大軍で斉を攻撃するように平公に請いました。
しかし黄河を渡ったばかりのところで斉霊公の凶信を聞いたため、「斉は喪に入ったばかりだ。これを討つのは不仁だ」と言ってすぐに兵を還しました。
 
晋出兵の情報は既に斉国にも入っています。
大夫晏嬰が荘公に言いました「晋が我が国の喪を討たないのは、我が国に仁を施すためです。我が国が晋に背いたら不義となります。講和を求めて両国を干戈の苦から免れさせるべきです。」
晏嬰は字を平仲と言います。身長は五尺にも足りませんでしたが、斉国一の賢智の士でした。
荘公も国家が安定したばかりだったため、晋軍が再び攻めて来ることを恐れ、晏嬰の言に同意しました。晋に謝罪の使者を送って盟を請います。
晋平公は澶淵に諸侯を集結させ、范を相に任命して斉荘公と歃血の儀式を行わせました。こうして両国が盟を結び、友好を確認して解散します。
この年は二国間で何事も起きずに過ぎていきました。
 
 
晋の下軍副将欒盈は欒黶の子で、欒黶は范の婿にあたります。范の娘を欒祁といい、欒黶に嫁ぎました。
欒氏は欒賓から欒成、欒枝、欒盾、欒書、欒黶を経て欒盈に至るまで、七代にわたって卿相の位を継いできたため、並ぶ者がない貴盛を得ていました。晋朝の文武百官は半数がその門から出ており、半数が姻党に属しています。
魏氏の魏舒、智氏の智起、中行氏の中行喜、羊舌氏の叔虎、籍氏の籍偃、箕氏の箕遺が欒盈の声勢(声望と威勢)に頼り、死党を結んでいました。
また、欒盈は若い頃から下士に対して謙恭で、散財して客と交わりを結んでいたため、多くの死士が帰心しました。州綽、邢蒯、黄淵、箕遺等は全て部下の驍将です。更に力士督戎は千鈞を持ち上げる大力があり、手に二本の戟を握って獲物を刺したら外すことがありませんでした。そのため欒盈に従う心腹となり、寸歩も離れませんでした。家臣辛兪や州賓等も労を尽くして奔走しており、このような者は数え切れないほどいました。
 
欒黶が死んだ時、夫人の欒祁はまだ四旬(四十歳)になったばかりだったため、寡を守ることができませんでした。
州賓が職務の報告をするためにしばしば欒氏の府を訪れました。欒祁はその様子を屏の後から窺い、若くて栄俊な姿を見て気に入ってしまいました。そこで秘かに侍児(侍女)を派遣し、自分の気持ちを伝えます。やがて二人は私通するようになりました。欒祁は家中の器幣を州賓に贈って歓心を買いました。
 
欒盈が晋侯に従って斉討伐に行くと、州賓は公然と府中に泊まって忌避しなくなりました。
帰国した欒盈がこの事を知りましたが、母親の面目があるため、他の出来事を口実に内外の門を守る官吏を鞭打ち、家臣の出入を厳しく取り締まらせました。
すると欒祁は羞恥が怒りに変わり、しかも淫心を絶つことができず、また自分の子が州賓の命を害することを恐れたため、父・范の生辰(誕生日)に長寿を祝うという理由で范府に行き、機会を見つけて父にこう訴えました「盈が乱を成そうとしていますが、どうしますか?」
が詳しく問うと、欒祁が言いました「盈は以前こう言いました『鞅(范鞅)が私の兄(原文は「吾兄」。実際は欒盈の父欒黶の弟。欒鍼)を殺したから、私の父(欒黶)(范鞅を)放逐した。後に(范鞅の)罪を赦して帰国させたが、誅されないだけでも幸いというべきなのに、逆に寵位(尊貴な地位)を加えられている。今、父子(范と范鞅)ともに国政を専らにしており、范氏は日々隆盛して欒氏が衰弱している。私はたとえ死んだとしても、范氏と両立しないことを誓う。』盈は日夜、智起、羊舌虎等と密室に集まって謀議しており、諸大夫を除いて私党を立てようとしています。そして、私がこの消息を漏らすことを恐れたため、守門の吏(官吏)に厳しく指示を出して、外家と通じることを禁止しました。今日はなんとかここに来ましたが、後日は恐らく会えなくなるでしょう。私は父子の恩が深いことを想って、敢えて伝えに来ました。」
この時、傍にいた范鞅も欒祁を助けてこう言いました「児(子供。私)も聞いたことがあります。今、それが真実だと知りました。彼の党羽は盛んなので備えなければなりません。」
一子と一女が同じことを話したため、范は信じて平公に欒氏放逐を密奏しました。
 
平公が個人的に大夫陽畢に問いました。陽畢はかねてから欒黶を嫌っており、范氏と仲が善かったため、こう言いました「欒書が厲公を殺したのは事実です。黶がその凶徳を受け継ぎ、盈に及んでいます。百姓が欒氏に親しんで久しくなるので、欒氏を除いて弑逆の罪を明らかにし、国君の威を立てることができれば、国家にとって数世にわたる福となるでしょう。」
平公が問いました「欒書は先君の即位を援けた。盈の罪もまだ明らかではない。欒氏を除くには名分がないが、どうすればいい?」
陽畢が言いました「書が先君の即位を援けたのは罪を隠すためです。先君は国仇を忘れて私徳に従いました。主公もそれを赦したら、害がますます大きくなります。もし盈の悪が明らかでないのなら、まずその党を削り、盈を赦して遠ざけるべきです。彼が求逞(志を遂げようとすること。増長すること)したら誅殺の名分ができます。もし他の地に逃げてそこで死ぬようなら、主公の恵みとなります。」
平公は納得して范を入宮させました。
が言いました「盈が去っていないのにその党を削ったら乱を速めることになります。主公は盈を著邑に派遣して築城を命じるべきです。盈が去ったらその党は主がいなくなるので、手を打つことができます。」
平公は「善し」と言って同意し、欒盈を著邑に派遣しました。
 
欒盈が出発する時、箕遺が諫めて言いました「欒氏を怨む者が多いのは主も知っての通りです。趙氏は下宮の難が原因で欒氏を怨んでおり、中行氏は秦討伐の役が原因で欒氏を怨んでおり、范氏は范鞅を逐ったことが原因で欒氏を怨んでいます。智朔は殀死(早死)し、智盈はまだ幼いので、中行に従っています。程鄭は主公に寵信されています。このように、欒氏の勢力は孤立しています。著の築城は国の急事ではありません。なぜ子(あなた)を派遣しなければならないのですか。子は辞退して主公が何を考えているのか観察し、備えを設けるべきではありませんか。」
しかし欒盈はこう言いました「君命は避けることができない。盈に罪があるのなら死から逃げることはない。もしも罪がないのなら、国人がわしを憐れむから誰もわしを害せない。」
欒盈は督戎を御者に任命して絳州を出発し、著邑に向かいました。
 
欒盈が去って三日後、平公が朝廷に臨んで諸大夫に言いました「昔、欒書には弑逆の罪があったが、刑誅を正していなかった。今、その子孫が朝廷にいることを寡人は恥としている。どうするべきだ?」
諸大夫が声をそろえて「放逐するべきです」と答えました。
こうして欒書の罪状が宣布され、国門に掲げられます。
同時に大夫陽畢に兵を率いて欒盈を駆逐させました。欒盈の宗族で国内にいる者は全て追放され、欒邑も没収されます。
欒楽、欒魴が宗人を率い、州綽、邢蒯と共に絳城を去って欒盈を追いました。
叔虎は箕遺と黄淵を連れて後から城を出ようとしましたが、城門が既に閉じられていました。欒氏の党を捜索するという情報が流れます。
叔虎等はそれぞれの家丁を集め、夜に乗じて乱を起こし、東門を切り開いて脱出する計画を立てました。ところが、趙氏の門客章鏗が叔虎の家の隣に住んでおり、計画を知って趙武に報告しました。趙武は范に告げます。
は子の范鞅に甲士三百を率いて叔虎の家を包囲させました。
 
この後の事がどうなるか、続きは次回です。

第六十三回 老祁奚が羊舌を救い、小范鞅が魏舒を取る(前編)