第十八回 曹沫が斉侯を脅迫し、桓公が甯戚を爵す(中編)
*今回は『東周列国志』第十八回中編です。
魯荘公が会に行く日、群臣に問いました「共に参加できる者はいないか?」
将軍・曹沫が名乗り出ました。
すると荘公が言いました「汝は斉に三敗した(三敗に関する記述はありません)。斉人に笑われるのではないか?」
曹沫が答えました「三敗を恥と思うので同行したいのです。一朝にして恥を雪いでみせましょう。」
荘公が「どのように恥を雪ぐのだ?」と問うと、曹沫は「国君が国君の任を果たし、臣下が臣下の任を果たすだけです」と答えました。
荘公が言いました「寡人が自ら国境を越えて盟を請うのは再敗したのと同じだ。本当に恥を雪ぐことができるのなら、寡人は子(汝)の言うとおりにしよう。」
荘公は曹沫を連れて柯地に向かいました。斉侯が事前に土壇を築いて待っています。
魯侯が人を送り、謝罪して盟を請うと、斉侯も人を送って会盟の期日を伝えました。
当日、斉侯が雄兵を壇下に配置しました。青・紅・黒・白の旗が東南西北の四方に立ち、それぞれに部隊が置かれ、将官が統率しています。総指揮は仲孫湫がとっています。
壇は七層になっており、各層に壮士が並び、黄旗を持って守っています。壇上には大きな黄旗が立ち、「方伯(諸侯の長)」の二字が刺繍されています。その傍には大鼓があります。これらは王子成父が管理しています。
壇の中央には香案(香を置いた机)があり、朱盤・玉盂が並んでいます。歃盟(血をすすって結盟の証とすること)の犠牲を盛る器です。これらは隰朋が管理しています。
その両側には反坫(酒を飲んでから杯を置く台)があり、金尊・玉斝(酒器)が置かれています。これらは寺人・貂掌が管理しています。
東郭牙が儐(賓客の対応をする役)となり、階下で魯侯を迎え入れるために待機しています。
会盟の場が厳粛な雰囲気に包まれています。
斉侯が命じました「魯君が到着したら一君一臣だけを壇に登らせ、他の者は壇下で待たせよ。」
魯荘公が到着して壇を登り始めました。曹沫が衣服の中に甲冑を着こみ、手に利剣(鋭利な剣)を持って荘公に続きます。荘公は戦戦兢兢として一歩一歩進んでいますが、曹沫には全く恐れる様子がありません。
曹沫が階段を登ると東郭牙が進み出て言いました「今日は両君の友好のための会なので、両相は礼を用いるべきです。なぜ凶器を用いるのですか。剣を棄ててください。」
しかし曹沫が目を見開いてにらんだため、東郭牙は数歩退がりました。
荘公君臣が壇上まで登りました。両君が互いに通好の意を述べます。三回鼓声が響き、香案に向かって拝礼しました。隰朋が玉盂に犠牲の血を満たし、跪いて歃血(血をすするか口の横に塗ること)を請います。
すると曹沫が突然右手を剣の上に置き、左手で桓公の袖をつかみ、怒形を見せました。
曹沫が言いました「魯は続けて兵を受け、国が滅亡に瀕しています。貴君は弱者を救済して傾いた者を助けるという名分で会を行いましたが、敝邑(魯国)だけは念じてもらえないのですか?」
管仲が問いました「それでは、大夫の要求は何ですか?」
曹沫が言いました「斉は強に頼って弱を虐げ、我が汶陽の田(地)を奪いました。今日、それを返還するのなら、我が君も歃血を行います。」
曹沫は剣を手から離すと隰朋の代わりに盂を持って前に進みました。両君が歃血の儀式を行います。
桓公が言いました「なぜ仲父が必要なのだ?寡人が子と誓いを立てよう。」
全ての儀式が終わると、王子成父等が憤激して魯侯を捕まえるように進言しました。魯侯を脅迫して曹沫によって受けた辱めを雪ぐためです。しかし桓公はこう言いました「寡人は既に曹沫の要求に同意した。匹夫でも約束に対して信を失ってはならないのだ。国君ならなおさらだろう。」
斉の諸臣はあきらめました。
柯の会盟で起きた出来事は諸侯に知れ渡りました。
諸侯は桓公の信義に心服します。衛・曹の二国は使者を送って斉に謝罪しました。
斉桓公は宋を討伐してから諸侯との会見の場を設けることを約束しました。
桓公は再び周に使者を送り、宋公が王命を尊ばず会に参加しなかったことを報告しました。王師を動員して共に罪を問うように求めます。
周釐王は大夫・単蔑に命じ、兵を率いて斉と合流させました。
斉の間諜が陳・曹二国も兵を率いて出征に従ったことを報告しました。陳・曹二国は討伐軍の前部になることを願い出ます。
管仲には婧という愛妾がいました。鐘離の人で、文に通じ智を有しています。
管仲は車上で野夫の姿を目にし、凡人ではないと思って酒食を贈りました。
野夫が食事を終えてから使者に言いました「相君・仲父に会いたいものです。」
使者が言いました「相国の車は既に通りすぎました。」
野夫は「某(私)に一語があります。相君に伝えることができれば幸いです」と言ってから、「浩浩乎白水」という言葉を伝えさせました。
使者が管仲の車を追って報告しましたが、管仲には意味がわからず呆然としました。そこで妾婧に問います。すると婧はこう言いました「妾(私)は古に『白水』という詩があったときいたことがあります。その内容はこうです『浩浩白水(水が勢いよく流れる様子)、儵儵の魚(儵魚。魚の名)。君が私を召せば、私は安居できるだろう(浩浩白水,儵儵之魚,君来召我,我将安居)』。その人は仕官を望んでいるのでしょう。」
長揖するだけで拝礼しない野夫に管仲が姓名を問いました。
野夫が言いました「衛の野人で、姓は寧、名は戚といいます。相君が賢人を愛して士を礼遇していると知り、遠路を厭わずここまで来ましたが、自分の力だけで目的を達成するには道も機会もなかったので、村人のために牧牛をしていました。」
管仲が甯戚の学識を試すと滞ることなく質問に答えます。管仲が嘆息して言いました「豪傑が泥塗(貧しい生活)の恥辱の中にいるのに、汲引(推挙。導き)にめぐり会うことがなかったら、自分ではその能力を示すことができない。我が君の大軍は後ろにおり、すぐにここを通るはずだ。私が書を準備するから、子(汝)はそれを持って我が君に謁見せよ。必ず重用されるであろう。」
管仲は書緘(書信)を書いて甯戚に渡し、互いに別れを告げました。*『東周列国志』第十八回後編に続きます。