宮城谷昌光『三国志読本』から簡体字のこと

宮城谷昌光三国志読本』について書いています。

宮城谷昌光『三国志読本』にがっかり

簡体字に対する批判が書かれていたので、私の見解を交えながら少し解説させていただきます。
 
宮城谷氏の「漢字は、面白いんです。たった一語でもいろいろな話ができるのですから。」
この部分は賛成です。
私は、ここから漢字の面白さを宮城谷流に語り始めるのかと思って期待しました。
ところが「簡体字みたいに、字を変えてしまったということは大問題ですね」と来て、ガックリ。「あなたもその御意見ですか…」という感じです。
しかもその後「(水上)あれは不愉快だ。」「(宮城谷)いやもうひどいですよ。」というやり取り。
 
実は私の父も中国の漢字が簡略化されていることに不満を持っていました。私が高校生だった頃、「中国人は本物の漢字を読めなくなっている」とよく話したものです。
当時の私は簡体字がどういうものか知らなかったので、「それは一大事だ」と思っていました。
でも、実際に中国に来て、簡体字に触れてみると、簡体字の存在意義をすぐに実感できました。
そして、そもそも、父の言う「本物の漢字」がおかしな表現であることにも気がつきました。
 
宮城谷氏はこう言っています「新しい字はほんとに読みにくい。」
これは簡体字を知らないからです。知らない文字なら、簡体字であろうが繁体字であろうが、蒙古文字であろうが、ウイグル文字であろうが、チベット文字であろうが、読みにくい、いや、読めなくて当然です。
 
例えば『三国志』の
劉備 関羽 張飛
「刘 关羽 张飞
と書かれていたら、初めて見る人は「暗号か呪文のたぐいですか?」と思うかもしれません。
特に簡体字を知らない人が「刘」を読めたら天才だと思います。
また、簡体字を見慣れない人が見たら、間の抜けた字だと思うかもしれません。私も「关羽张飞」に出会った頃は、「関羽 張飛」のような英雄っぽさがない、と思ったものでした。
でも、中華書局の『三国志』を開いてみればわかりますが、「関羽」もがっちり略字です。中華書局『三国志』には「關羽」と書かれています。
厳しくいえば「中華書局の『三国志』」ではなく「中華書局の『三國志』」と書くべきですし、そもそも宮城谷氏の『三国志読本』だって、略字を使わないのなら『三國志讀本』と書くべきです。
 
中国の簡体字ほどではありませんが、日本の漢字も多くが略字を使っています。
例えば(上から旧字、日本の漢字、簡体字です)
「學」「氣」「櫻」「廣」「榮」
「学」「気」「桜」「広」「栄」
「学」「气」「」「广」「荣」
等々です。
 
日本の漢字については、宮城谷氏も『三国志読本』の白川静大先生(この先生も他の本の中で簡体字に反対されていました)との対談でこう言っています(『三国志読本』343ページ。元は『文藝春秋1996年十二月号)
 
宮城谷
「邊」という字の「臱」は、「髑髏棚(どくろだな)」なんです。髑髏を置いて、呪禁といって、外敵が攻めて来ないようにお守りしてもらう。そういうようなものなんです、「邊」という字は。これをいまの「辺」にしてしまうと、まったく字の意味が見えなくなってしまう。
 
白川先生との談話では、日本の新字(略字)も「字の意味が見えなくなってしまう」と言っているのに、作家水上氏との談話では「中国の人が古い字がもう読めなくなる可能性があるわけですよ。そうすると、古典が読みたくても、読めない時代が来てしまうんじゃないか。じゃあ、どこに行くのかというと、日本へ聞きにくることになる可能性だってありますよ」と言っている矛盾が、ひどく悲しいものに思えました。
 
更に、水上氏との談話にはこうあります「実際、日本の平仮名を採用する案もあったらしいですが。日本に追随するなんてプライドが許さないということで、やらなかったらしいですけどね。むちゃくちゃに壊してます。」
 
確かに中国では漢字を廃止しようという運動がありました。清朝が滅んで中華民国時代になってから、多くの文化人が「漢字は必要ない」と主張しました。有名な魯迅も「漢字不滅,中国必亡(漢字が滅ばなかったら、中国は必ず亡ぶ)」と言ったとされています。
その理由は、当時の中国は欧米諸国や日本のようないわゆる列強による植民地化が進んでおり、改革を急務としていたからです。そのために必要なことの一つが、教育の普及、国民の教育レベルを高めることでした。
中国は今でも文盲がいます。民国当時は民衆の大多数が字を読めませんでした。漢字という複雑な文字をゆっくり時間をかけて学ぶことができるのは、裕福な人たちだけだからです。
しかも、印刷技術が発達していない当時、無数にある漢字で書籍を作るのも容易ではありません。
更に、漢字は字だけ見ても発音が分かりません。中国は広いので、北と南、西と東で全く発音が異なります。同じ教科書で学んだとしても、各地で異なる発音を学んでいたら、意思の疎通が困難です。
このような諸事情があり、教育を普及させるに当たって漢字が弊害になると考えられたのは、当然のことだと思います。
 
そこで漢字の代わりに表音文字を使おうという動きが生まれました。
但し、漢字が無くなることはなく、ピンイン文字(日本のローマ字のようなもの)と漢字が併用されることになりました。
宮城谷氏が言う「日本の平仮名を採用する案」というのは、私は知りませんが、文字改革の過程においてこのような案もあったのかもしれません。清末から多くの中国人が日本に来て先進文化を学んだので、不思議なことではありません。
また、「日本に追随するなんてプライドが許さないということで、やらなかった」という一面もあったかもしれません。
しかし、ピンイン文字や平仮名のような表音文字が完全に漢字の代わりになれなかったのは、プライドが許さなかったからというよりも、中国語の構造にあります。
これは非常に簡単な道理です。
 
例えば
「我是日本人」
は現代中国語で「私は日本人です」という意味です。
これをピンインで書くと(声調は無視します)
wo shi ri ben ren
となります。
「我是日本人」と「wo shi ri ben ren」、どちらが書きやすく、読みやすいと思いますか。
 
これは日本語も同じです。
「わたしはにほんじんです」よりも「私は日本人です」の方が読みやすいはずです。
だから日本は仮名を発明してからも漢字を併用しています。
逆に中国語には日本語の「は」「です」というような語がないので、漢字だけでことが足ります(仮名の必要性がありません)
 
要するに、教育レベルの向上に対して漢字が弊害になっているかもしれないけれど、今さら漢字を無くしてしまったら中国語の表現が困難になる、ということに気がついたのです。
それではどうすればいいか。
その結果が、簡体字ピンインの併用です。漢字を改良して庶民でも書きやすく分かりやすくし、表音文字を使って発音を統一しました。
中国では漢字の発音を正しく伝えるため、小学一年でピンインを教えています。小学生低学年向けの本には漢字の上にピンインでルビがふってあります。
 
文字というのはあくまでも道具であって、芸術家が眺めて遊ぶものではありません。最も大切なのは実用性です。
日本語は仮名を使える言語なので、仮名と漢字を併用するという道を歩みました。それでも一部の漢字は簡略しています。
中国語は表音文字に置き換えるのが困難な言語であり、漢字を使うしかないので、大陸では漢字の簡略化という道を選びました。
これは歴史の必然であって、否定するべきことではないと思います。
そもそも、漢字というものは、甲骨文字から生まれて何千年もかけて形を変えてきました。
この後も形を変えていくはずです。
 
宮城谷氏と水上氏のやり取りをもう一度見てみます。
簡体字みたいに、字を変えてしまったということは大問題ですね。」
「あれは不愉快だ。」
「いやもうひどいですよ。(略)
「僕は、他国を侮蔑したくないけど、略字新字の問題ではあの国は困った国だと思います。だって、僕たちは一生懸命、あの国の字を勉強したのよ。それをかんたんに棄てちゃった、ひどい。」
 
果たしてこのお二方は、なぜ簡体字が生まれたのか、その歴史を理解しているのでしょうか。
日本があの国の字を勉強したのに、それをかんたんに棄てちゃったのがひどいというのは、日本人のわがままでしょう。
そもそも、何十年もかけて試行錯誤した成果がピンイン簡体字であって、かんたんに棄てちゃったわけではありません。
 
また、宮城谷氏は「中国の人が古い字がもう読めなくなる可能性があるわけですよ。そうすると、古典が読みたくても、読めない時代が来てしまうんじゃないか。じゃあ、どこに行くのかというと、日本へ聞きにくることになる可能性だってありますよ」と言っていますが、失礼ながら、思い上がりではないでしょうか。
 
中華書局などが出版している歴史書は旧字を使っているものもあります。旧字は必要に応じて生きています。
同時に、古典は簡体字への書き換えがされています。『史記』も『三国志』も、当然ですが簡体字版が出ています。古典を読みたければ簡体字で読めばいいだけのことです。
 
現在、日本でも『論語』などの諸子百家が広く読まれていますが、当時の漢字と現在の漢字は当然異なります。春秋戦国時代は各国で異なる文字を使っていましたが、秦が天下を統一してから文字の改革を行いました。更に漢代には篆書から隷書へ移り変わりました。
荘子老子が実際に使っていた文字で書かれていたら読めないので、漢代には漢代の文字で、中華民国時代は民国時代の文字で書き写され、出版されてきました。中華人民共和国になって旧字から簡体字に書き換える作業が進んでいるのも、当たり前のことです。
繰り返しになりますが、漢字はあくまでも道具なので、時代の必要に応じて変化していきます。
だから文字が変わったことによって「古典が読みたくても、読めない時代が来てしまうんじゃないか」という心配は不要です。その時の文字を使って古典を読むからです。
 
 
いろいろ書いてきましたが、私自身が簡体字の信奉者というわけではありません。日本も大陸に見倣って簡体字を使えばいい、なんてことは全く思っていません。日本にはその必要がないからです(学ぶべきところはあるとは思っています)
簡体字よりも繁体字(旧字)の方がかっこいい、趣がある、という意見は中国人からもよく聞きます。
私も、そう思うこともありますし、中国(大陸)書道家も多くは繁体字を使っています。
 
台湾や香港は今現在も繁体字を使っていますが、これはこれですごいことだと思います。
私の留学時代、当然、授業は漢字ばかりだったので筆記がとても大変でした。漢字しかない世界で筆記する必要に遭遇した時、非常に合理的にできている簡体字の便利さを実感できると思います。
それはまた、逆説的に繁体字を使っている台湾や香港の人々のすごさも教えてくれます。
 
 
今回はここまでです。あと二回ほど続きます。

宮城谷昌光『三国志読本』から「昔と今」