宮城谷昌光『三国志読本』から「昔と今」
前回、簡体字について長々と書いてしまいました。
宮城谷昌光『三国志読本』から簡体字のこと
『三国志読本』の談話に戻ります。
水上氏は「僕は、他国を侮蔑したくないけど、略字新字の問題ではあの国は困った国だと思います。だって、僕たちは一生懸命、あの国の字を勉強したのよ。それをかんたんに棄てちゃった、ひどい。」と言ってから、「文化大革命以後、中国の人たちは、何か美しいものとか、いいものとか、宗教的に深いものさえ忘れてしまって、お金に走ってるようなところがありますよね。(略)」と述べています。
しかし水上氏が言う、「何か美しいものとか、いいものとか、宗教的に深いものさえ忘れてしまって、お金に走ってるようなところがありますよね」というのが分からない。
簡体字にしたことが「美しいものを忘れた」というのならあまりにも短絡的でしょう。
文革前の中国の人たちは「美しいものやいいもの、宗教的に深いものを知り、お金に走っていなかった」のでしょうか。
そんなことはないと思いますよ。
歴史にはロマンがあります。歴史に触れて胸を躍らせるのは素晴らしい体験です。でも、古典を読んで歴史を美化しすぎるのは危険なことだと思います。
当時の中国と現代の中国が違うのは当然でしょう。
また逆に、同じ地域に住む人々が共通する文化や風俗習慣を受け継いできたのですから、共通点があるのも当然でしょう。
もっと問題なのは、昔の中国が本当に素晴らしかったのか、ということです(こういう書き方をすると、「そうだそうだ、中国は大昔からとんでもない国なんだ」と早合点する人がいると思いますが、中国蔑視の意味ではありません。日本にしても他の国にしてもそうですが、歴史を美化しすぎて、「昔は素晴らしかった」という幻想に騙されてはならないという意味です)。
『三国志』の時代、漫画や小説で劉備や曹操の活躍を見ているとワクワクしますが、当時全ての中国人が劉備や曹操だったわけではありません。圧倒的多数が歴史に名を残さない民衆です。そして彼等の生活は、現代人では考えられないほど悲惨だったはずです。
誇張した表現ではありますが、中国の史書に民衆が反映されることがほとんどないという実態を指摘しています。
清朝乾隆帝時代、イギリスの使節団が自由貿易を求めて北京を訪問しました。この時、イギリス使節団は民衆の貧しい生活を見てとても驚いています。乾隆帝時代といえば、中国史の中でも黄金時代に数えられますが、多くの民衆は困窮していました。それ以外の時代も、民衆が慢性的に貧困の中で生活していたことは容易に想像できます。
留学時代の先生がこういう話をしたことがあります。
しかし当時は、当たり前ですが、クーラーも、冷蔵庫も、車も、スマホも、テレビも、パソコンもありません。海外旅行なんてもってのほかです。
恐らく、現代人の方が乾隆帝よりも豊かな生活をしています。
果たして、昔の中国は素晴らしく、今はダメになっているのでしょうか。
物質的なことではない、精神的なことを言っているのだ、とおっしゃる方もいるでしょう。
それでも貴族は民を駆使して戦争を繰り返し、自分の地位を守るのに必死です。
確かに孔子や孟子は素晴らしいことを言いました。多くの言葉が今でも通用する教訓となっています。しかし孔子が「仁」を説き、孟子が「義」を説いたのは、当時、「仁」や「義」が不偏的に存在していたからではありません。全く逆です。当時は王道政治が廃れて「仁」も「義」もなかったから、頑張って「仁」や「義」を説かなければならなかったのです。
史書が「仁」や「義」について説いているから、その時代は素晴らしかったというのは、勝手な思い込みに過ぎません。
尚、現在の中国には「仁」や「義」が不偏的に存在している、とは思いません。そういったものを大切にする人もいれば、大切にしない人もいます。これは日本も同じです。
これらのことを前提にすると、『三国志読本』の水上氏の「文化大革命以後、中国の人たちは、何か美しいものとか、いいものとか、宗教的に深いものさえ忘れてしまって、お金に走ってるようなところがありますよね」という発言は「この人は何を言っているのだろう」と思わせます。
次回で最後です。