2016-04-18から1日間の記事一覧

第二十四回 召陵で楚大夫を礼款し、葵邱で周天子を奉戴する(四)

*今回は『東周列国志』第二十四回その四です。 会盟が終わってから桓公が宰孔に言いました「寡人は三代に封禅の事があったと聞いている。その典(決まり。方法)とはどのようなものだったのか、聞き得ることができるか?」 宰孔が言いました「古は泰山を封…

第二十四回 召陵で楚大夫を礼款し、葵邱で周天子を奉戴する(三)

*今回は『東周列国志』第二十四回その三です。 鄭の子華と弟の子臧は嫡夫人から産まれました。夫人は寵を受けていたため、子華が世子に立てられます。しかし後に二人の夫人が立ち、それぞれに子が産まれました。嫡夫人の寵はしだいに衰え、暫くして病死しま…

第二十四回 召陵で楚大夫を礼款し、葵邱で周天子を奉戴する(二)

*今回は『東周列国志』第二十四回その二です。 翌年春、桓公が先に陳敬仲を首止に派遣し、行宮(臨時の宮殿)を築いて世子の到着を待ちました。 夏五月、斉、宋、魯、陳、衛、鄭、許、曹八国の諸侯が首止に集まります。世子・鄭も行宮に入りました。 桓公が…

第二十四回 召陵で楚大夫を礼款し、葵邱で周天子を奉戴する(一)

第二十四回 召陵で盟して楚大夫を礼款し、葵邱で会して義によって周天子を奉戴する (第二十四回 盟召陵礼款楚大夫 会葵邱義戴周天子) *今回は『東周列国志』第二十四回その一です。 楚の屈完が再び斉陣に向かい、斉侯に直接話をしたいと伝えました。管仲…

戦国時代30 東周烈王(一) 范台の宴 前375~374年

今回から東周烈王の時代です。 烈王 安王の子で名は喜です。 烈王元年 前375年 丙午 [一] 日食がありました。 [二] 韓が鄭を滅ぼしました(『古本竹書紀年』は前年、『今本竹書紀年』は東周安王二十一年・前381年に書いています)。 『史記・鄭世家』による…